独立独歩−挑戦のすすめ■これからの自然をみつめる
VOL. VOL. VOL. VOL. VOL. VOL.
The Neighbor 2003.7/Vol.353-2003.12/Vol.358
これからの自然をみつめる vol. オオカミの目を通して 桑原 康生
 
はじめまして。私は今北海道で、オオカミ19頭とともに暮らしています。
ほかに犬4頭、ヒョウ1頭、馬7頭、ワシ1羽も加えたにぎやかな家族です。
新聞テレビなどでも幾度か取り上げられたこともありますので、ご覧いただいた方もおられるかもしれません。

 さてなぜうちにオオカミがいるのか。
テレビのスクリーンを通してみる限りでは、珍ペット大集合と映る場合もあるでしょう。
しかし、少なくとも彼らと、文字通り体当たりでつき合いをしている本人たちの意識としては、
単なる飼い主とペットではなく、家族であると思っています。
そして、彼らとのつき合いを通して彼らから学ぶこと、テーマがあるのです。
そのテーマとは、「オオカミの目を通して自然をみつめる」というものです。
「オオカミ」、そして「シカ」は、とくに欧米では生態系の二大象徴、バランスのとれた自然のシンボルとされています。
そのバランスの象徴であるオオカミに対する理解を深め、オオカミの立場からこれからの自然を考えていきたいと思い、オオカミのネイチャースクールを開いています。

 近年では、日本を含め、世界の多くの場所で自然のバランスが崩れ、その結果、さまざまな問題が起こっています。
私の暮らしている道東(ひがし北海道)では、エゾシカの生息数が増加し、それに伴って農林業に対する被害も、道内全体で、多い年で、年間50億円に上がるといわれています。
それだけの被害がありますから、当然被害対策として、シカの数を減らす間引き計画が進められます。
すると、直接被害に関係ない都会や愛護の立場から、「あんなかわいい動物を殺すのはかわいそうだ。」という意見があがります。
確かに今まで原野や原生林だったところに人が入って木を切り、牧草地を広げると、森に住んでいたヒグマやクロテン、シマフクロウなどはより深い山奥に追いやられていきますが、逆に草地が広がると草原性のシカにとってはとても住みやすい環境にになり、その個体数を増やしていきます。
つまり人間の活動がシカを増やしたことになります。
「人間が自然のバランスを崩した結果シカが増えたのに、今度は邪魔になり駆除をするのはエゴだ。
今までの行為を反省し、悔い改め、今後一歩も自然に手を加えず温かく見守っていきましょう」という意見が出てくるのも当然だとおもいます。

 さて私はというと、オオカミと暮らすくらいですから、もちろん動物は大好きです。 と同時にシカを撃ちます。
「動物が好きでオオカミをかわいがっているのにシカを撃つのか」という批判もあるでしょうが、オオカミとシカを比べてどちらが好きかと聞かれても答えが出ないくらいどちらも好きです。
馬に乗り山へ入っていくと、ほんの数mまでシカに近づくことができ、オレンジ色の体に白い斑点をもったシカがバンビでも連れていれば、とても美しい動物だと思うし、こういう生き物がいる北海道の原野はすばらしいと心の底から感じます。
でもなぜそんなにも「好きな」シカを撃つのか。

 自然界は食うか食われるかの密接な関係=食物連鎖によりそのバランスが保たれています。
自然のバランスが崩れ、天敵のいない今、シカだけが爆発的に増えている状況では、かわいそうだからといってそのまま「暖かく見守っている」と、遺伝子の画一化などにより、体の弱いシカばかり多くなり、自然の圧力や変化に耐え切れなくなり、その結果、大事に思っているシカも滅びてしまうのです。
であれば天敵の導入(この件に関しては後にスペースを設けて丁寧にお話ししたいと思います)という声も挙がりますが、それも当然さまざまな論議を呼び、時期尚早という意見もあります。
であれば、現段階では「良識をもったハンター」がよい意味での天敵になり、自然界全体を視野に入れたシカの適正数維持を考えていく必要があると考えています。

 みなさんはどうお考えですか。
自然保護を考えるとき、価値観の違いからくるさまざまな意見が出てくると思います。
たとえば先に紹介した、「自然に手を加えず、暖かく見守ろう」という意見がある一方、
「シカが増えすぎたのだから駆除を進めよう」という声も挙がります。
この二つを比べると、どうしても一般的には「暖かく見守る」ほうがよい響きをもっています。
しかしバランスが崩れている状態でそれを見守っている=放置していると、シカの例のようにさらに状況が悪化していく恐れがあります。もちろん人が手を加えすぎた事実があり、それを悔い改めることはとても大切で、まず1番に必要なことだと思います。

私の意見では、その先が「見守る派」と違うのは、人が無茶をしすぎて崩れてしまったバランスであれば、さらに手を加えてでも英知をもってそのバランスを取り戻す必要があると考えます。
具体的には、増えすぎたシカは、シカ全体の存続も考えての駆除も必要であるし、トキやタンチョウは全力で保護していくべきだと思います。

 愛護か駆除か。とても難しい問題だと思います。
私は、はじめに愛護ありき、だと思います。
小さな子どもがテレビでオオカミがシカを捕食するのを見て、「かわいそう」と感じる気持ちが大事であり、目の前にいる1頭のシカを「かわいい」と思える心はとてもたいせつだと思います。
私自身、高校生までアリ一匹殺すことはできませんでした。
ただし大人になるにつれ、生態系全体を見る必要があると感じ始め、駆除も場合によっては自然を守る一手段であると考えるようになりました。
たいせつなのは、例えばシカなどを捕ったらそれを極力有効利用することだと思います。

 うちでは1頭のシカを捕ってきたら、ロースやもも肉などは、まず私たちがいただきます。
群れのリーダーとしての権限でしょうか。ステーキや鍋、カルパッチョなど料理法にも工夫して、最大限おいしくいただきます。しかし、私たちが食べる量には限りがあります。
100kgのシカであれば、私たちの取り分はせいぜい2〜3kg、残りの90数kgはオオカミたちがひずめの先や、骨の髄まで残らず召し上がります。最大の有効利用でしょう。
骨の髄までしゃぶるというと、人間社会では悪いたとえで、誰かが私を紹介するのに
「あいつはいいやつだ。骨の髄までしゃぶるんだよ」とは言わないでしょう。
しかし食物連鎖のつながりのなかでは、オオカミがシカを捕らえて残さず食べるということはとても大切なことだと思います。もちろん一部美化されているように、オオカミたちが無駄な殺生をまったくしないわけではないようですが、私たちも彼らを見習って、常に有効利用を頭に入れ、食べ物などを無駄にしないよう心がけています。

独立独歩−挑戦のすすめ■これからの自然をみつめる
VOL. VOL. VOL. VOL. VOL. VOL.
The Neighbor 2003.7/Vol.353-2003.12/Vol.358