独立独歩−挑戦のすすめ■これからの自然をみつめる
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The Neighbor 2003.7/Vol.353-2003.12/Vol.358
これからの自然をみつめる vol. オオカミとシカの関係 桑原 康生

 第1回目に、オオカミとシカは生態系のバランス、つまり自然のバランスの象徴である、と紹介しました。
そのことについて、少し掘り下げてお話ししたいと思います。

 みなさんは生態系のピラミッド、という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。
ひとつの三角形を思い浮かべて、その三角形を、たとえば四つに分けてみます。
そして一番上の小さな三角形から順に、肉食動物、草食動物、植物、、そして底辺の台形に大地、とおいていきます。
この三角形はちょうど一つの山の形をしていますから、山のなかで動植物のそれぞれのメンバーが密接に結びついてひとつの生態系を形づくっている、食物連鎖も表しています。
この三角形がきれいに形づくられていれば、山が健康なしるしであり、またひとつの山が健康であるということは、ひいては地球全体が健康であることのバロメーターになる、と考えられます。

 さて、そのピラミッドの一番上と二番目に位置する肉食獣と草食獣の代表が、たとえば、アフリカのサバンナの生態系であれば、ライオンに対してシマウマ、そしてアジアにおいてはトラやオオカミに対してのシカ、イノシシになります。
とくに日本では、オオカミのみが肉食獣の代表として、シカやイノシシとのバランスを保っていました。
東ヨーロッパのポーランドでも日本と同じように、オオカミが生態系の頂点にいます。
ポーランドでオオカミとシカ、イノシシを研究している知人の話しでは、ある年気候条件がよく、森に植物などの食べ物が豊富になると、シカやイノシシが増える。 するとそれを獲物とするオオカミも数を増やす。 
その結果、シカ、イノシシが数を減らす。 すると獲物が減り、オオカミも減る。 そうすると・・・・・・というように、お互いにとても密接に結びついてちょうど良い数を微調整しているようです。
そしてピラミッドの頂点と二番目に位置するオオカミとシカなどの草食獣の関係が、そのまま三番目のシカと植物との関係にも当てはまり、つまり全体が切り離すことのできない、密接な関係で結ばれているのです。  

 日本ではどうでしょうか。 オオカミが絶滅して100年といわれるなかで、自然がバランスを失い、さまざまな問題が起こってきています。 ここ北海道では森を切り開き、草地を広げすぎ、オオカミがいないことにより、シカが爆発的に増え、農林業に数10億円の被害を与えています。 同時に数が多すぎる事から遺伝子の画一化などにより、今度は逆に個体数が激減するなど、シカ自身への悪影響も出てくるようです。

ちなみに動物に興味をもっている方なら、日本にはまだ、肉食獣の代表である、クマ、とくにヒグマがいるではないか、と考えられるかもしれません。 しかし、知床半島のヒグマに関する調査では、ヒグマの食物のうち、90数%が植物質であり、残り数%の動物質もアリなどの昆虫類で、純然たるいわゆる「肉」はほんのひとかけらだそうです。
その肉もサケやエゾシカの死骸から得るものなので、残念ながら増えすぎたシカの個体数に影響力を与えるほどではありません。 つまり、今の日本の生態系を図で表すと、逆三角形になり、転ぼうとしている状態です。

シカ以外にも、サルの問題などが挙げられます。 日光などの観光地にサルが出てきておみやげ物をひったくっていったりして、被害が出ています。 昔はマタギと呼ばれる職業猟師の人たちを中心に、サルを捕獲していたので、人間はサルにとって天敵であり、今のように人に近づくことはありませんでした。
同時にオオカミがいたころは、やはりおいそれと地上に降りてくることはできませんでした。 ところがサルの数が減ってきて保護動物になり、人の狩猟圧がなくなり、地上の天敵であるオオカミもいなくなると、人里に近づきすぎ、問題となっています。 

 また別の場面では、山に木を植える漁師さんたちの例があります。 「ヤマメは森に棲む」といわれるように、山に豊かな森があると、その森が川の上流に棲むヤマメなどの食物となる昆虫類を育むと同時に、植物性プランクトンなどを生産し、それが川を介して海の栄養分となります。 川の上流のヤマメなどが数を増やせば、それを食べる中流域の魚が数を増やし、すると海の大型の魚が増えるわけです。 ところが近年では森の伐採が進んだり、またシカの食害などで森が荒れ、土砂が流れ込んだりして、川の生態系のバランスが崩れ、海で魚が捕れなくなってきています。
そこで漁師さんが山に木を植えるわけですが、シカが多すぎると植えているそばから食べてしまうのです。

 日本オオカミ協会の研究者の方々によると、日本各地でシカやイノシシの被害が見られるそうです。
たとえば奈良、三重両県境の大台ヶ原の原生林は、シカの食害により、まるで富士山の上層部のように枯れた木が立ち並んでいるそうです。 また日光でも、今までシカが立ち入らなかった湿原の奥までシカの踏み跡があり、水芭蕉が踏み荒らされ、尾瀬がとても危ない状況にあるようです。
 
そしてここ北海道の知床半島でも、今までシカが口にしなかったナラの木にまで食害が進んでいるとのことです。
では、シカだけが悪者で、シカがいなければ森が豊かになるのでしょうか。 それは全く正反対です。
ある面積の土地に、日光の照射率や栄養分の関係で、たとえば10本しか木が育つ事ができない環境があるとします。
そこに競い合って、15本、20本生えてくると、動物と違ってよそへ移っていくことができないので、お互いに影響しあって滅びてしまいます。 もし適当な数のシカがいれば、20本のうち半数を間引いてくれて、シカも生きることができ、森も豊かになります。 ですから森にとっても適度な数のシカはとても大切な存在なのです。
ところが今シカが増えすぎている状況では、森の木を適度に間引くどころではなく、壊滅状態にしているのが現状です。

 以上にあげた状況にオオカミを関連づけ、もし森にオオカミがいたと仮定します。
シカ、イノシシが増えすぎて食害をもたらしているところでは、オオカミがいれば先のポーランドの例のように、お互いにバランスを取り合って、それぞれが適正数を維持していくことができ、健康な森も戻ってくることでしょう。
森が豊かになれば、シマフクロウもクマゲラもモモンガも個体数を回復することができます。
まるでオオカミは森や自然の救世主のように聞こえてきますが、そのとおりだと思います。
狩りを通して、病気やケガをしている弱い個体を積極的に間引いていき、その結果、その種全体の健康な個体数維持に貢献する、ある意味「自然界の医者」的な役割ももっています。 その役割故に、自然のバランスの象徴とされるのです。

 ただし、ここで大切なのは「オオカミ」のみがマジックワードなのではなく、「全体のバランス」がキーワードとなることです。 私が動物が好き、自然が好きという背景には、とにかくオオカミのみが好き、オオカミだけがいればよい、というのではなく、均整のとれたピラミッドを維持している森、生態系全体が好きなのです。
ちょうどよい数=適正数(人間の利益のみを考えてではなく、個々の種、そして生態系全体にとっての適正数)の多種多様な生物がいる、そんなきれいな三角形が好きなのです。 簡単に言えば、山にちょうど良い数のシカがいて、クマもいてアカゲラもシマフクロウもいて、そしてオオカミもいる、それが理想郷です。

 しかし今オオカミを日本の森に、といってもさまざまな問題や懸念が生じてくることでしょう。
オオカミは人を襲わないか、家畜に対する被害は、オオカミが走り回るスペースが日本にはあるのか、などなどです。
そこで次回はそんな問題点について、諸外国の現状を紹介しながら、お話ししていきたいと思います。


 
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